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長崎地方裁判所 昭和57年(ワ)275号 判決

原告

川瀬満

右訴訟代理人

横山茂樹

被告

伊王島町漁業協同組合

右代表理事

中村久夫

右訴訟代理人

塩飽志郎

清川光秋

城谷公威

主文

1  原告が被告に対し、正組合員の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、金七〇万円及びこれに対する昭和五四年一〇月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  この判決第2項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、正組合員の権利を有する地位にあることを確認する。

2  被告は原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五四年一〇月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告組合は、水産業協同組合法(以下水協法という。)に基づき設立された法人である。

2  原告は、昭和三〇年に被告組合に加入し、正組合員としての地位を取得し、以来被告組合地区内である肩書住所地に居住してあわび・さざえ等の貝類や鯛・あらかぶ・ひらめ等の魚類の補獲を行つてきたものである。

3  被告組合は、昭和五五年一月一四日原告に対し、「定款一四条二項一号の規定による変動(組合員たる資格喪失による脱退)」を通告し(以下右脱退通告処分を本件脱退処分という。)、以後原告を正組合員として取扱わない。

4  しかし本件脱退処分は何ら理由のないものである。

5  被告組合は本件脱退処分に先立ち、原告に対し、昭和五四年一〇月一〇日、到達の書面をもつて、同月八日被告組合理事会において、被告組合定款(以下定款という。)一五条及び地方公務員法(以下地公法という。)三八条の規定に基づき原告を被告組合より除籍する決定をなした旨通知した。

6  しかし右除籍処分(以下本件除籍処分という。)は、定款上認められた処分ではなく、したがつてその手続規定を欠き、原告には本件除籍処分を受けるべき事由もないので、原告は被告組合に対し、本件除籍処分が違法かつ無効であるとの異議申立をなしたが、被告組合は、本件除籍処分を強行する旨回答した。そこで原告は被告組合を相手として、同年一二月八日長崎地方裁判所に対し地位保全仮処分の申請(同庁昭和五四年(ヨ)第二三四号事件)をなしたところ、同月二五日右事件について「債務者(被告組合)は、同人が定款一五条に基づき債権者(原告)を除籍処分にしたことは無効であることを確認する」旨の和解調書が作成された。

7  本件脱退処分は、本件除籍処分にひきつづきこれを補正する趣旨のもとになされたもので、右両処分は、被告組合が原告を村八分的差別取扱いする意図のもとに(故意に)、又は少なくとも過失によりなされたものである。

8  また被告組合は原告に対し、原告の家族も含めて次のとおり村八分的差別取扱いをなした。

(一) 原告は正組合員として、かねてより被告組合から風呂用・暖房用灯油を購入してきたが、被告組合は原告に対し、昭和五四年七月ごろから灯油不足を理由にその販売を拒否し、次いで同年一〇月からは灯油購入実績がないことを理由に販売を拒否している。しかし同年七月以降も大渡春敏及び吉井清亮や他の組合員に対しては灯油を販売しており、原告に対しては自ら販売を拒否していながら次には購入実績がないというのは違法である。

(二) 被告組合理事らは、原告の前記地位保全仮処分申請後、「組合に楯突くやつは処分する。」「組合に楯突くようなやつは組合をやめてもらわんば困る。」等と大衆の面前で大声で放言し原告の名誉を著しく傷つけるとともに、本件処分の不当性に怒りを感じ原告に協力している者に対し、被告組合から排除処分をしたり、正組合員から準組合員に格下げするなどの不当な処置を行ない、原告を孤立させ村八分的差別扱いをしている。

(三) 本件処分後、被告組合幹部の子らが原告の子らに対し「お前の父ちやん首になつたろうが、悪かことせんと首になる筈なかやつか。なんの悪かことしたとか。」等と侮辱的言辞を弄し、原告の子の目をねらつて石を投げ目を負傷させた。

又昭和五六年二月一九日ごろ、被告組合の者が、伊王島町船津青年クラブの建物に「殺す。川瀬・内田」と大書したり、同年一月ごろ同所に十字架に五寸釘を打つて「殺す」という趣旨のことを書いたものを公然陳列したりしている。

9  原告は真面目な伊王島町職員として水道の管理点検業務を行つているものであるが、伊王島では漁協発足以来、町議はもとより助役・町吏員であつても漁業を営んでおれば漁協の正組合員となつており、原告は代々漁業を引継ぎ漁業者として実力は島内随一であるところ、被告組合から突然本件両処分を受けたため、正組合員としての漁業権行使の機会を奪われるとともに島民から何か不正なことをしたものとして人格を疑われるまでに至り、著しく名誉を害され信用を失墜し、併せて被告組合の前記村八分的差別的取扱いをうけ、これらにより原告は多大の精神的損害を蒙むり、これを金銭に換算すれば八〇万円が相当であり、又被告組合の不法行為からの救済を求めるため原告代理人に裁判を依頼してその手数料並びに報酬として二〇万円の支払を約した。

10  よつて原告は被告組合に対し、原告が被告組合の正組合員の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、前記不法行為に基づく損害賠償として一〇〇万円及びこれに対する不法行為の後で昭和五四年一〇月一一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3、及び5の各事実は認める。

2  同4の主張は争う。

3  同6の事実のうち、原告に本件除籍処分を受けるべき事由のないことは否認し、その余は認める。

4  同7の主張は争う。

5  同8の事実は否認する。

6  同9の主張は争う。

三  抗弁

1  被告組合の正組合員となることができる者は、「被告組合の地区内に住所を有し、かつ一年を通じて一〇〇日をこえて漁業を営み又はこれに従事する漁民」である(定款八条一項一号)。そして、右定款八条一項一号の「一年を通じて一〇〇日をこえて漁業を営み又はこれに従事する漁民」とは、単に機械的計算によるべき性質のものではなく、漁船、漁具の補修、雨天・時化の場合の待機等の考慮を入れるのはもちろん、比較的余裕をとつた審査前後の漁業実績及び経済的依存度、兼業の場合は他の従業内容の安定性、就中不漁年における兼業については、将来の漁業従事意欲との相関、老令・疾病については、その回復及び介護による漁業従事見込み等を総合的に判断して、右日数をこえる「漁民」か否かを判定すべき関係的概念である。

2  原告は昭和三〇年正組合員となつたが、その後伊王島町役場に勤務するようになり、明白に漁獲実績等もなく、漁民とは言えず、組合員資格を欠くに至つていた。

3  被告組合は、右事実に基づき、昭和五四年六月二四日、地区委員会において、同委員会の意見を聴取したうえ、同年一〇月八日開催の被告理事会において、原告の組合員資格の喪失による脱退を決定したものである。

4  ところが被告組合は、原告に対する同年一〇月一〇日到達の書面により右決定を通知するに際し「定款一四条二項一号」と記すべきところを誤つて「定款一五条」と記した。

被告組合は原告の異議申立を受けて右誤記に気づき、同年一二月二二日被告組合理事三名が原告宅に赴き右誤記について陳謝するとともに、改めて定款一四条二項一号による脱退である旨の組合員資格変動通知書を手交したが、原告は受領を拒否し翌日右書面を返却してきた。そこで被告組合は更に昭和五五年一月一四日原告に対し右書面を送付したものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、定款八条一項一号に正組合員たる資格として被告組合主張のとおり規定されていることは認めるが、その余は争う。

2  同2の事実中、原告が昭和三〇年に正組合員となつたこと及びその後伊王島町役場に勤務するようになつたことは認め、その余は否認する。原告は昭和三〇年以来肩書地に居住し一年間一〇〇日を越えて漁業を営んでおり資格要件を欠く事実はない。

3  同3・4の事実は否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一被告組合は水協法に基づき設立された法人であり、原告は昭和三〇年に被告組合に加入し正組合員としての地位を取得し、以来被告組合地区内である肩書住所地に居住して、あわび・さざえ等の貝類や鯛・あらかぶ・ひらめ等の魚類の捕獲を行つてきたところ、被告組合は昭和五五年一月一四日原告に対し、定款一四条二項一号の規定による変動として「組合員たる資格喪失による脱退」を通告し、以後原告を正組合員として取扱つていないこと、は当事者間に争いがない。

二被告組合は、原告は正組合員たる資格を失つた旨主張するので以下検討する。

1  定款八条一項一号には、被告組合の正組合員となることができるものとして、「この組合の地区内に、住所を有し、かつ、一年を通じて一〇〇日をこえて漁業を営みまたはこれに従事する漁民」と定められていること、及び、前記のとおり原告は昭和三〇年に正組合員となつたがその後伊王島町役場に勤務するようになつたことは当事者間に争いがない。

そして水協法一八条一項一号には、水産業協同組合(漁業協同組合はその一つである。)の組合員たる資格の要件として、右定款とほぼ同旨(但し漁業日数を一年を通じて九〇日から一二〇日までの間で定款で定める日数とする。)の規定があり、前記定款の定めは水協法の右規定をうけるものであることが明らかであるが、右のほかには〈証拠〉によるも被告組合規約(以下規約という。)等にも正組合員の資格要件を定めた規定は認められない。

また、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和四六年五月一日から伊王島町の水道技能労務者となり今日に及んでいることが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  被告組合は、原告は伊王島町役場に勤務するようになつて明白に漁業実績がなく漁民といえなくなつた旨主張し、〈証拠〉によれば、昭和五三年度において原告名義で被告組合に水揚げされたのは二一日で水揚高は三四万五五七〇円であること、及び昭和五四年一〇月八日の理事会において坂本実之助組合長が原告の漁業日数は三か年を通じて毎年二〇日以下となつている旨発言していることが認められる。

しかし、原告本人尋問の結果によれば、原告は一人で漁をすることもあるが父富士松と共同で漁をすることもあり、その漁獲物も任意に分配し、水揚げも共同又は各別に原告名義又は父名義ですることもあり、更に被告組合を介せず直接長崎魚市場に水揚げすることもあることが認められ、前記被告組合への原告名義の水揚げ日数は原告の漁業従事日数を示すものとはいい難く、また理事会における坂本組合長の発言がいかなる根拠にもとづくものであるかは全く明らかではない。

次に、〈証拠〉には、一方において、正組合員の資格要件としての漁業従事日数一〇〇日については、現実の出漁日数のみならず網の補修等準備行為に従事する日数も含み、かつ、漁獲物も必ずしも被告組合に水揚げすることなく地元で販売することもあるので、被告組合への水揚げ日数の二ないし2.5倍が漁業従事日数であるとし、また漁民とは漁業に対する生活依存度合とか、過去従事していたか、将来も従事する意思及び可能性があるか、その能力等総合判断により判定する旨述べながら、他方原告については、右資格要件の存否についての判断を求められるや、公務員は営利を目的として反覆継続し生活の業として漁に従事することはできないのであり、原告は公務員であるから実績を問うまでもなく漁民とはいえず正組合員の資格がない旨供述しており、右は被告組合理事会の本件処分決定の真意と認めることができる。

そして以上のほかには、原告が公務員となつたことにより定款所定の正組合員の資格要件を欠くに至つたことを認めるに足りる証拠はない。

3 ところで地公法三八条一項によれば、職員は任命権者の許可を受けなければ営利を目的とする私企業に従事してはならない旨(国家公務員法一〇三条も同旨)規定されているが、右は公務の公正と完全な遂行を期するとともに公務員としての職務専念義務を全うさせるためのものと解することができ、右規定に違反することは公務員法上の義務違反となることはいうまでもないが、任命権者の許可を受ければ同法上も適法に営利事業を営み得るのであり、ましてや同法以外の面において営利行為自体としていかなる法的効果をもつかはこれとは独自に考えるべきものである。而して漁民とは漁業を職業とする人であり漁業による収益をもつて生計をたて少なくとも生計の一部とする人をいうものと解され、職業に兼業が考えられる以上一般には公務員であることが漁民であることと相排斥するものではない。水協法及び定款における正組合員の資格要件としての「漁民」についても公務員であることを排斥する何らの制約も付されてはいない。

そして〈証拠〉によれば、従来から被告組合はじめ近隣の漁業協同組合においても会社や役場、郵便局に勤める等他に職業を有する兼業の漁民も正組合員としての資格要件あるものとして多数容認されてきたこと、被告組合において昭和五〇年五月時点での専業の漁民は九五名の組合員中一一名にすぎなかつたこと、平戸伊三郎・平戸吉郎・本村夘平は伊王島町役場職員として、山崎清・宮本主税・中村久夫・坂本実之助・平戸一郎は同町議会議員として、その在職中公務員のまま被告組合の正組合員として容認されてきたこと、がそれぞれ認められ、このような実態からみても、一般に「漁民」の概念に「公務員」を排斥するものと観念することは困難である。

4  そこで更にすすんで原告の漁業従事の実態について検討する。

〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

(一)  原告は昭和一四年に伊王島町で生れ、昭和三〇年から延縄、一本釣、かし網、それに舟の上からあわび・さざえをとる漁をしてきた。昭和四一年六月一九日原告は多嘉子と結婚したが、当時は炭坑の下請をしながら漁をし、昭和四六年からは前期のとおり町職員となつた。町職員としての月収は当初三万六九〇〇円、昭和五四年時でも本俸一三万〇八〇〇円で手取り額は一二万円位であり、子供四人をかかえているので漁をしないと生活できない状況である。

(二)  町職員としての原告の仕事は、蛇口の漏れなど家庭の水道管の修理がその内容であつて、朝町役場へ出勤すると日誌を書いてすぐ現場へ廻り、忙しいときはそのまま帰庁しないこともある。漁には土・日曜日、祭日等の休日は勿論、平日でも町役場から自宅まで一〇〇メートル足らずの距離なので帰宅後漁に出かけることも多い。

(三)  原告の出漁日数は昭和五三年一〇八日、昭和五四年は一〇三日に及び、長崎魚市場への水揚げ回数も父富士松と共同の分を合わせると昭和五三年七四回、昭和五四年は一〇一回であつて、水揚高は年間約三〇万円である。

(四)  一方被告組合全体の漁業従事日数は、組合員九二名中、年間一〇〇日をこえる者は約二〇名にすぎず年間零と見られる者が一〇名をこえる状況であり、昭和五三年度における平均水揚高は二〇万円に満たないありさまであつて、これと対比すると原告の漁業実績は被告組合中では上位に属する。

もつとも〈証拠〉によれば、昭和五五年五月三一日付で被告組合が長崎県に提出した養殖業免許申請に添付された組合員名簿には、組合員八三名全員の経営従事日数は一〇〇日以上と記載されており、証人中村久夫の証言中には右日数は調査に基づくもので水揚げや油関係の購入状況から調査した旨の供述部分があるが、〈証拠〉によれば、右組合員名簿記載の組合員中、昭和五四年に長崎魚市場への水揚げ(被告組合を通じてのものを含む。)が零である者が二〇名を越えており、〈反証排斥略〉、その他前記各認定を左右するに足りる証拠はない。

5  〈証拠〉によれば、規約四条及び五条は組合員の資格の判定は理事が行うものと規定されていることが認められる。しかし右判定も各法令・定款・規則等に基づくものであることを要するのは勿論であり、これらからかけ離れた理事の恣意を許すものではない。

そして前記認定の原告の漁業実績からすれば、原告が組合員資格を欠くとの被告組合の判定(本件脱退処分)は明らかに合理性を欠くものであつて無効というべきであり、被告組合の抗弁はその理由がない。

三次に原告の不法行為の主張につき検討する。

1  まず、①被告組合が本件脱退処分に先立ち原告に対し、昭和五四年一〇月一〇日到達の書面をもつて、同月八日被告組合理事会において定款一五条及び地公法三八条の規定に基づき原告を被告組合より除籍する決定をなした旨通告したこと、②右除籍処分は定款上認められた処分ではなくその手続規定を欠き、原告は被告組合に対し右除籍処分が違法かつ無効であるとの異議申立をなしたが、被告組合は右処分を強行する旨回答したこと、③そこで原告は被告組合を相手として、同年一二月八日長崎地方裁判所に対し地位保全仮処分の申請(同庁昭和五四年(ヨ)第二三四号事件)をなしたところ、同月二五日右事件について「債務者(被告組合)は、同人が定款一五条に基づき債権者(原告)を除籍処分したことは無効であることを確認する。」旨の和解調書が作成されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

2 次に〈証拠〉によれば、定款一五条一項には、組合員が、①組合施設を一年間全く利用しないとき、②出資の払込み等組合に対する義務不履行があるとき、③組合の事業を妨げる行為をしたとき、④法令・定款等に違反して組合の信用を著しく失わせる行為をしたとき、には除名することができること、右除名は総会の議決によることを要し、かつ、組合員には右総会において弁明する機会を与えることを要する、旨規定されているが、右定款には他に除籍処分の規定はないことが認められる。したがつて、被告組合の前記除籍処分は右除名の趣旨と解されるが、本件全証拠によるも原告に右除名事由が存在したことを認めるに足りないから、結局右除名処分はその理由を欠き違法無効のものといわざるを得ない(地公法三八条の規定が被告組合の組合員資格と直接に無縁のものであることは前述のとおりであり、かつ除名事由の法令違反とはその規定の趣旨からしてすべての法令違反をさすものではなく、それが組合の信用失墜をもたらすものに限るものと解すべきであるから、前記二の3認定の実情からみても地公法三八条違反行為が直ちに除名事由に該当するものとも認められない。)。

3 前記三の1・2の事実に加うるに、〈証拠〉によれば次の各事実が認められ、〈反証排斥略〉、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  原告は昭和三〇年に被告組合に加入して以来行使料・賦課金等漁業権行使に必要なものはすべて納付して漁業を営み、本件両処分事件発生まで被告組合との間に何らのトラブルもなく推移してきた。また被告組合としても昭和二四年設立以来本件処分以前には、資格審査による除名処分等の処分をしたことはなかつた。

(二)  昭和五〇年七月二二、三日の二日間長崎県は被告組合の常例検査を行い、整備改善を要する事項の一つとして、組合員資格について理事は操業の実態を十分に把握して法令定款に基づき適正に処理することとの勧告がなされた。

(三)  次いで昭和五三年九月一三、四日にも長崎県の常例検査が行われたが、その結果、昭和五四年五月四日被告組合に対して、再び組合員の資格審査について前回同様の勧告が行われ、かつ、これに対する被告組合の所見並びに経営改善に関する回答書の提出が求められた。

(四)  そこで被告組合では同月二五日理事会を開き、資格審査委員会を開く旨きめた。次いで同年六月二四日理事及び地区委員会を開き、坂本組合長が整理対象者として公務員、高令者、漁業をしておらず当分はこれをする見込のない者合計一〇名(原告を含む)を提唱し、なお二、三か月実情をみることについて了承された。

(五)  同年一〇月八日開催された理事会において、坂本組合長は、去る六月二四日の地区委員会で町役場職員が組合員であることについて強い反対意見があつた、他の組合でもそのような実態はない、原告及び木村孝章とも三年を通じて毎年漁業日数は二〇日以下である、旨発言し(その内容が必ずしも真実でないことは前記認定のとおりである)、これをうけて右両名を含む一〇名について非組合員とすることを決定した。右両名を除く八名のうち七名までは高令者(八〇才前後)で病気療養者で漁ができない者一名は建設会社を経営し、いずれも出漁日数零であり、木村孝章は原告の上司で町役場職員であつた。

(六)  同年一〇月一二日被告組合は原告を含む右一〇名に対し、「定款一五条及び地公法三八条の規定により組合員より除籍する。」旨の「組合員整理の件について」と題する文書を交付した。しかし右除籍処分をなすに際し被告組合は、除名の手続に必要な総会の議決も当該組合員に対し総会において弁明の機会を与えることもしたことはなく、原告自身、右除籍処分の文書の交付を受けるまで被告組合より事情聴取を受けたり意見を求められたこともなかつた。

(七)  右文書を受領した原告は、木村孝章と地区委員である内田政知と共に同月一三日午後被告組合事務所において坂本組合長に対し、定款一五条及び地公法三八条は除籍の理由及び根拠ならぬ旨異議申立をなし、同組合長は内部で協議して回答する旨答えたが、同月一七日に被告組合は原告に対し同月二〇日開催される理事会への出席を求めたので原告がこれに応じなかつたところ、被告組合は同月二一日原告に対し、異議申立に対する回答として「慎重に検討した結果理事全員で再度除籍することに決定した」旨及び「地公法三八条の町長の許可があれば検討する」旨付言した文書(甲第五号証)を交付してきた。

そこで原告は三の1の③記載のとおり仮処分の申請をなし同年一二月二五日右事件について和解調書が作成された。

(八)  原告は右和解後直ちに弁護士横山茂樹を代理人として被告組合に対し、誤まつた右除籍処分による原告の物心両画にわたる損害の賠償として五〇万円の支払を求めたが、被告組合がこれに応じなかつたので、昭和五五年一月一一日長崎地方裁判所に対し損害賠償請求の訴(本訴)を提起した。

(九) 又、原告は右和解により原告の正組合員の地位は回復したものと考え、同月二六日に昭和五五年三月までの行使料及び賦課金五〇〇〇円を納付して、被告組合よりの地位回復の文書を待つていたところ、前記一のとおり昭和五五年一月一四日被告組合は原告に対し、「昭和五四年一〇月八日開催の理事会において非組合員と判定された旨、及びさきの定款一五条に基づく除籍通知は定款一四条二項一号に基づく通知の誤りである」旨の組合員資格変動通知書(乙第六号証)を交付してきた。

(一〇)  ところで原告は一〇年程前から暖房用のほか風呂用にも灯油を使用しており、伊王島町では灯油を販売しているのは被告組合とスーパーマーケット「新和商事」の二店があるが、原告は被告組合事務所が近いので専ら被告組合より灯油を購入していた。

昭和五四年七月頃原告の妻が灯油を買いに行つたところ在庫がないと断られ、やむを得ず新和商事より購入し、その後も二、三回同様なことがつづいたところ、同年一〇月に至るや被告組合は原告には販売実績がないとの理由で販売を拒否するに至つた。しかし被告組合は、同年六月頃結婚して新世帯を構え、前年度購入実績のない大渡春敏には灯油を販売しており、又新和商事に勤務し一〇年以上前から専ら同店から灯油を購入してきた吉井清亮に対しても何ら問題なく灯油を販売している。

もつとも昭和五三年一〇月ころイランの政情不安に伴う原油の減産と円安ドル高傾向から原油輸入量が低下し、物不足による新規会員の集中化をさけることが要請されるようになり、昭和五四年三月には長崎県漁協連合会から前年並供給を通告してきたが、被告組合は原告の昨年同期の実績を考慮するでもなく又は予約制・順番制をとることもなかつた。

また昭和五七年一月一二日ころ、原告が被告組合に対し漁船に使用する重油の注文をしたところ、すぐ配達する旨答えながら三日間配達せず、再度電話で抗議するに及んでようやく配達した。

(一一)  昭和五五年初めころ、被告組合専務理事中村久夫は馬込部落の酒店内で飲酒の上「組合に楯突く奴は処分する。」「やめてもらう。」等発言し、また同年六月末ころ被告組合組合長理事平戸一郎は田辺某方で「組合に楯突くような奴は組合をやめてもらわんば困る。」と表の通行人に聞える程の大声で発言し、いずれも暗に原告を指して非難した。

同じく昭和五五年初頃、原告がさざえ、あわびの漁をしているところへ被告組合の理事である平戸徳松と平戸千代松が船を寄せては停船、発進などして原告の船をローリングさせ、そのため原告はほこつきの漁が妨害されるとともに近くの瀬に船が衝突するかもしれない危険を負わされた。

また平戸千代吉は、同年六月頃、原告の母方親類で生活保護を受けている一ノ瀬イセに対し、「原告が裁判所で生活保護者をやめさせよと言つている」旨申向けて同人を不安におとしいれた。

(一二)  伊王島町は、昭和五四年一〇月当時で約四五〇世帯、人口約一七〇〇人位の、漁業が大きな役割を占めている島の町であるため、原告が被告組合から除籍処分を受けたことは、除名処分と同義のものとして捉えられまもなく島内に広く知られるようになり、今までそのような処分事例がなかつただけに原告は何か悪いことでもしたのではないかとの印象を町民に与え噂となつた。

即ち、原告が水道のパッキング取替え等の工事のため町民宅を廻ると、「お前なして組合を除籍になつたか。悪かことばなんばしたか。」など言われたり、白い眼で見られるようになつた。

また原告の家族も本件除籍処分以後学校等で次のようないやがらせを受け或いはいじめられた。昭和五四年末ごろ、原告の二男は、小学校五年生で中村久夫の息子や被告組合の理事平戸一郎の孫と同級生であつたが、懐炉を所持していなかつたことに端を発し四、五人の同級生から「お前のうちがなして貧乏になつたか知つとるか。お前の父ちやん首になつたろうが、悪かことせんのに首になるはずなか。なんの悪かことしたのか。」といわれけんかになり、同じく二男が中学一年生になつた昭和五六年五月ころにも、体操着に着替えていたとき中村久夫の息子から石を投げられ目にあたりけんかになつた。

更に昭和五七年一月には原告の長女(小学校五年生)の給食に中村久夫の息子からつばきを吐かれて食べられないようにされた。

原告の妻も馬込の公園付近を通つているとき、公園のすべり台にいた子供達から「首切役人」等とはやしたてられた。

(一三)  昭和五六年二月一九日船津青年グラブの正面玄関の両側壁面高い部分に、人形の傘の下に「ころす、かわせ、うちだ」と書いた落書が発見されたが、右は原告と原告を支援している内田政知をさすものと解される。そして同年一月頃にも右青年クラブの玄関先に十字架に五寸くぎを打ち「殺す」という意味の言葉を書いたものがなげ捨てられていた。このようなことから原告は夜の町に不安を覚え夜の出歩きはしたくない心境になつている。

4 被告組合は、本件除籍処分の通告は本件脱退処分の記載誤りにすぎない旨主張し、前掲乙第八号証(昭和五四年六月二四日開催の理事及び地区委員会議事録)には「資格衰失による脱退通知」なる文言の、同じく前掲乙第一〇号証(昭和五四年一〇月八日開催の理事会議事録)にも「一四条二の一により資格喪失」なる文言の、各記載があつて、一貫して資格喪失による脱退の問題として扱つてきたかのようにもみえるが、単に適条のみでなく除籍と脱退とは全く異る概念であるからこれをも誤るとは考えられないのみならず、前記三の3の(七)認定のとおり、除籍処分の通告を受けた原告の異議申立に対し、その回答書(甲第五号証)において慎重検討の結果再度除籍処分をすることを確認していることからみると、右乙第八号及び同第一〇号証は前記和解成立後に作成されたものとの疑念を払拭することができず、むしろ右甲第五号証の付言記載からみると、被告組合は地公法三八条違反をもつて直ちに定款一五条一項四号に該当するものと考えていたところ、和解の席においてその不当性を指摘されるや急遽定款一四条二項一号の資格喪失による脱退にその根拠を変更して被告組合からの排除の目的を達しようとしたものとみるほかはない。

5 前記三の2認定のとおり定款に定める除名処分事由は、組合に対する義務不履行、事業妨害、信用失墜行為等いずれも非難を受けるに価する不当な行為であり、除名の語句自体も特定の団体からの排除を意味し、右除名事由を知らない一般の人にとつても被除名者は何らかの非難さるべき行為者としてうつり、当該本人にとつても不名誉な語感を有するものである。

したがつて故意又は過失により違法不当な除名処分がなされ被除名者に損害を与えたときは不法行為として損害賠償の義務あるものというべきであり、本件脱退処分が右除籍処分と同一の意図のもとになされたものである以上、これをも一貫してなされた不法行為として把握することができる。

そして原告には本件除籍処分の根拠となるべき除名事由が存在しないこと及び本件脱退処分の資格の判定は会理性を欠き無効というべきことは前記説示のとおりであり、右各処分の違法性は被告組合において調査をなせば容易に判明するものであつたと解されるから、被告組合には右違法な処分をなすにつき故意又は少なくとも過失があつたものと認めるのが相当である。

6 被告組合理事らが原告を被告組合から排除しようとする意図は明らかでないが、前記3の(一)ないし(九)各認定の事情に照らせば、被告組合理事らは、長崎県の常例検査の結果に基づく勧告内容である組合員の操業実態の把握については具体的には何ら調査することなく、原告を含む各組合員から申告書その他事情聴取をすることもなく、右勧告に便乗して、明らかに漁民としての実態のない他の九名と原告とを抱き合わせ、原告が地方公務員であることに藉口ししかも過去及び現在において原告以外にも地方公務員のままの組合員が多くいることについてはこれを無視して原告のみを除名次いで脱退させようとしたもので、本件各処分は数人の理事の恣意的な判断に基づくいかにも執拗かつ悪質な処分であるといわねばならない。

そして同じく前記3の(一〇)及び(一一)の事実はその時期からみて、本件各処分と関連した被告組合自体ないし被告組合の意を体した役員理事の差別的いやがらせないし不法行為であり、同じく(一二)・(一三)は直接的には被告組合と無関係の者の、または行為者不詳の原告に対するいやがらせないし不法行為ではあるがいずれも本件各処分及び被告組合理事らの言動から当然に生起すると予想されるいわば相当因果関係ある結果であるということができる。

原告は右のような被告組合の不法行為の結果として物心両面にわたり大きな苦痛を余儀なくされたことを認めることができ、右苦痛を慰藉するには五〇万円をもつて相当と認める。又原告がその権利救済のため原告代理人に本訴等裁判を委任したこと及びその手数料並びに報酬として二〇万円の支払を約したことは弁論の全趣旨によりこれを認めることができるところ、本訴の難易の程度等を考慮して右二〇万円の債務負担は被告組合の各不法行為と相当因果関係の範囲内にあるものと認める。

四以上認定説示のとおりであるから、原告の本訴請求は、被告に対し正組合員の権利を有する地位にあることの確認、並びに被告組合の不法行為に基づく損害賠償として合計金七〇万円及びこれに対する本件全不法行為の着手時とみることができる本件除籍処分のなされた日の翌日である昭和五四年一〇月一一日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を求める限度でその理由があるのでこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条・九二条但書を、仮執行の宣言について同法一九六条を、それぞれ適用し主文のとおり判決する。

(渕上勤)

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